特定秘密保護法について(1)「国民主権」「民主主義」との関係で

「民主主義国家の日本で、本当にこんなことがまかり通るのか、と白昼夢を見る思いです」

 

こう述べているのは前中国大使の丹羽宇一朗氏です(『朝日新聞20131130付』)。

 

丹羽さんが指摘しているように、いま参議院で審議されている「特定秘密保護法」はまさに現代版「大本営発表」、現代版「治安維持法」をもたらす、反民主主義的な法案です。

 

「特定秘密保護法」の内容を簡単に紹介すると、「防衛に関する事項」「外交に関する事項」「特定有害活動の防止に関する事項」「テロリズムの防止に関する事項」に関する情報で行政機関が「秘密」と判断する情報を「特定秘密」に指定します(法案3)

 

そして「特定秘密」を漏らした公務員、または「特定秘密」を知ろうとした人には最高10年の懲役および1千万円以下の刑罰などの刑罰が科される可能性があります。

 

なにが問題でしょうか?

 

結論からいえば、憲法の基本原理である「国民主権」「基本的人権の尊重」に反します。

 

ここでは「国民主権」「民主主義」の問題について紹介します。

 

「国民主権」「民主主義」が十分に機能する前提として、国の重要な事項に関する情報は主権者である国民に十分かつ正確に公開される必要があります。

 

情報が隠されては、主権者である国民は政治に関して適切な判断ができません。

 

ところが「特定秘密保護法」が成立すれば、権力者や行政機関に都合の悪い情報が隠され、「国民主権」は絵にかいた餅になります。

 

ニクソン大統領時代に機密扱いされていた「ペンタゴン・ペーパー」が暴露された事件で検察側の訟務局長を務めたグリズウォルド氏は18年後、「文書が公開されることで国の安全保障が脅かされた形跡など目にした事がない。実際、現実に脅威があったことを示唆するような形跡さえ見たことがない。……機密文書に相当な経験がある人には即座に明らかになったことがある。それは、必要以上の機密扱いが大がかりに行われているということ、そして機密扱いにする人たちの主たる心配は、国の安全保障などではなく、むしろ何らかの理由で政府が困った立場に立たされることだ、ということである」と述べています。

 

元防衛省幹部の竹岡勝美氏も1980年代に「国家秘密法」が問題になったとき、「5年間の防衛庁在勤を経た今日、口が裂けても口外できないとする重大な防衛秘密は何一つ持ち合わせていない」と述べています。

 

 グリズウォルド氏や竹岡氏が指摘するように、公開されても国の安全になんの問題がないような情報でも、権力者や行政機関は市民に知られると都合が悪い情報を「国家機密」などの名目で隠そうとします。

 

話を変えますが、私が今年6月にジュネーブの国連の人権理事会に参加した際、NGOからは「チェルノブイリは失敗だが福島は成功だ」と言われました。

 

「何が成功か」というと、「政府による情報隠し」です。

 

みなさんは福島第一原発事故に関して、政府や東電が情報を何も隠していないと思うでしょうか?

 

実際にも、福島第一原発事故が起こった際、政府はSPEEDIによる放射性物質の拡散予報情報を市民に隠したため、市民がヒバクしてしまう事態も生じました。

 

原発に関するこうした情報も、「特定秘密保護法」が成立すれば「テロ対策」の名目で「特定秘密」に指定される可能性があります。

 

警察や役所の裏金問題、不適切な公金使用、そして不祥事なども「特定秘密」に指定される可能性が出ます。

 

こうして政府や行政機関の不祥事は国民の監視が届かなくなる可能性があります。

 

これが「民主主義社会」でしょうか?

 

 私も公務員をしていた時もありますので、市民の権利を守るため、行政が秘密にしなければならない情報があること自体は理解できます。

 

ただ、「特定秘密保護法」のような法律では、「何を秘密にするか」についての歯止めがなく、権力者や行政に都合の悪い情報が「防衛」「テロ」などの名目で好き勝手に隠されてしまいます。

 

自分や家族の健康を心配して、原発に関する事実を電力会社に質問したり、「裏金」や役所の不祥事を調べようとすれば、「特定秘密」を知ろうとしたとして、刑事罰が科される。

 

こんな社会で良いのでしょうか?

 

 

安倍自民党は北朝鮮や中国を「透明性に欠ける」「秘密主義」「民主主義ではない」と批判しますが、彼ら/彼女らに中国や韓国を批判する資格はあるのでしょうか?

 

(飯島滋明)